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「日本が南アフリカに勝ったとき、かつてのラグビー少年たちは、なぜあんなに泣けたのか?」

2015.11.18

僕は高校時代にラグビーをしていた。
決して強いとは言えない、公立高校。

1995年のワールドカップは高校3年のときに見ている。
日本はニュージーランドを相手に145対17の大敗を喫した。

同じ年の秋、僕らの高校は、県大会の3回戦、私立高校に30点差をつけられて、あっさりと引退を迎えた。
チームも選手としてもパッとしなかった。

それでも、高校時代を通して、ラグビーは僕だった。
彼女もいないし、勉強も特別できない、クラスでも目立たない。
僕には、ラグビーしかなかった。

楕円球を追いかけたことのある多くの人にとって、ラグビーは自分自身だ。
その証拠に、ラグビーが馬鹿にされると、自分が馬鹿にされたように悔しい。
ニュージーランド戦の敗戦は、ラグビーが否定されたようで、悔しかった。

一浪した後、大学でラグビーを続けなかった僕は、
何となく後ろめたい気持ちもあり、
いつしかラグビーのことは心の隅に追いやって過ごしていた。

そして、2015年、ワールドカップの年。
普段はラグビーをほとんど見ていない僕だが、
やはり、日本代表の試合は気になった。

初戦である、南アフリカ戦は1人テレビの前にいた。
よくある善戦。結局どこかで負ける。
そう思いながらも、握りこぶしに力が入った。

気づくと、テレビの前に正座していた。
なぜか試合が終わる前から、視界がぼやけた。

後半20分ごろだろうか、
高校の同期5人のLINEグループに連絡がきた。
「見てる?」

全員が観ていた。
ほとんどのメンバーは高校でラグビーを辞めている。
でも、結局、ラグビーが好きなのだ。
嬉しくなった。
そこから5人での観戦が始まった。

「いけー」
「行けるぞ、勝てる!」
「五郎丸!」

いつぶりだろうか、彼らと一緒にラグビーを見るのは、語るのは。。
全員でというと、最後は1996年の神戸製鋼対東芝府中かもしれない。

僕は久しぶりに一緒にラグビーをしているような、
不思議な気分になった。

いつかのラグビー少年たちは、
南アフリカにタックルし続ける日本代表と、
がむしゃらに楕円球を追っていた、
かつての自分を重ねていたのかもしれない。

ナキからヘスケスへ。
トライをする瞬間は少しスローモーションになる。
左ライン際にゆっくりと、でも確実に、
ボールがグランディングするのが見えた。

そして、ノーサイドのホイッスル。
あとからあとから、涙があふれた。

Lineで連絡を取り合いながら観ていた、
高校の同期たちも全員が泣いていた。

画面の中の日の丸をふるおじさんも泣いていた。

ラグビーを続けている人も、どこかで挫折した人も、
ラグビーをしたかったけどできなかった人も、
どこかでラグビーに携わった人はみんな、
きっと同じ気持ちだったんだと思う。

僕らが憧れたラグビーはやっぱりすごかった。
日本代表は、それを証明してくれた。
胸を張っていいんだと思った。
そして、自分を信じていいんだと思った。

………

僕にとってニュージーランド戦の大敗と、
3年時の花園予選3回戦での敗戦は、
どこか陸続きだったように思う。

僕があきらめたこと、見ないようにしていたことを、
ラグビー日本代表は20年かけて「出来るよ」と言ってくれた。
そんな気がする。

下手くそなりに必死でラグビーボールを追ってたあの頃の自分。
同じ気持ちになるのは無理でも、少しでも向き合って、
一歩ずつ足を搔いてみようと思う。

エディー・ジョーンズ監督とラグビー日本代表、全てのラグビー関係者、
そしてラグビーに心からの敬意と感謝を込めて。

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