「バズらないこと」も大切に

「バズる」という言葉があります。

Weblio辞書によると、

「特定の単語や物事がインターネット上で爆発的に多くの人に取り上げられることを意味する語。
TwitterやFacebookなどのSNSで急に話題となった時に用いられることが多い。
「 口コミ」という意味のマーケティング用語「Buzz」を動詞化したものと思われる。」

と書いてあります。

「インターネットで爆発的に多くの人に取り上げられる」というのは、多くの人にとって気持ちの良いことですし、集客を目指すウェブマーケティングでも「バズる」ことは効果的だと言われています。

ただ、この「バズる」を目指すということは、必然的に刺激的で煽るようなタイトル・内容で人を惹き付けようとすることでもあります。
「バズる」を目指す人がネット上に投げ入れる過激な情報に、それを批評したり批判する人たちが群がり、スパイラル的に過激で批判的な世界が作られているように思えてなりません。

刺激的なことに評価軸が偏った世界というのは、やっぱり落ち着きませんよね。

例えば、干し終わった洗濯物を眺めているような退屈かもしれない時間には、道端に咲いた花を支える土のような、目立たないけど大事な役割があるような気がします。

刺激的でなく目立たない、誰も褒めてもくれないし、関心すらもたない「バズらない」ようなことに、ちょっとだけ目を凝らす心を持っていたいと思う、今日このごろです。